西洋画の世界はとても広くて深いもの。その歴史も含め、本当に様々な種類や技法、描画様式が展開されています。はじまりは、アルタミラ洞窟(スペイン)やラスコー洞窟(フランス)に描かれた壁画だとされていて、西洋画に分類されるのは油絵や水彩画、パステル画、陶板画などです。版画も西洋で発展した表現方法で広い意味では西洋画に入ります。ポピュラーな油絵以外にもかなり広範囲ですね。
日本画と西洋画の違いについては、画材が違うことはもちろん、表現方法も違います。伝統的な日本画は、対象物をシンプルにして平面的に描くので、陰影はつけません。シンプル化・平面化することで、ある種デザインや模様に近づく部分もあります。対して西洋画の具象表現は、陰影をつけて立体的に、よりリアルに表現します。人物や風景の場合は顔・体、髪、洋服のディテール、自然界の水や土、樹木や生き物、空や光まで精密に写実的に表現されます。
現在ギャラリーで開催中の「中西優多朗 個展≪流転する存在≫」では、まさにこの西洋画の超写実に挑んだ作品を展示しています。「これって写真?」と思ってしまうような、きわめて細密でリアルな作品が並びます。昨年度の公募展「月のアート展」で最優秀賞を獲得し、今回の個展開催を実現されました。
下は、昨年最優秀賞となった作品『水景の月』で、芽ぶきの森の周遊路西側からの風景です。よく散策されている方は「あの場所」とお分かりになると思います。池面の波紋や映り込み、光加減と、写実とはこういうもの、とでも言うべき作品です。この作品を見ると、実際のこの場所に行ってみたくなりますね。
油絵の技法は、10世紀以前からその基盤となるものがあったとされていますが、油絵が本格的に発展したのは15世紀ごろのヨーロッパ、ルネサンスの頃です。
一般的にどんな絵具も色を出す顔料と、それを固定させるために糊の役割をする結着剤が必要です。顔料はさまざまな材料のものがありますが粉状のものが主流で、油絵の場合はこれを乾性油というオイルで混ぜてキャンバスに塗り、オイルが空気中の酸素と反応してゆっくり固まっていくことで色を定着させる、という方法で描きます。この材料と方法で、油絵は他の絵の具にないような光沢や透明感、豊かな質感を表現でき、乾いたら塗り重ねることで色や質感にさらに深みを出すことができます。これも油絵ならではの特徴です。
中西氏の作品に水を描いたものがいくつか展示されていますが、下は『水面』という作品です。水音や煌めきが3Dで伝わってきそうなほどリアルで、透明感と流動感があります。きっと油絵の特性に中西氏の観察力と技術が注がれた結果なのでしょう。
質感が深まる・質感を表現する、という時、絵画の世界では「マチエール」や「テクスチャー」という言葉をよく使います。何となく、のニュアンスはご存知の方も多いと思いますが、ちょっと詳しく見てみましょう。
絵画表現でよく出てくる「マチエール」。語源はフランス語の「matiere(マテリアル)」で物質、質、といったものを差します。ここから絵肌感、絵画表現の個性、材質表現、また、画材による見え方の違いを利用して、対象の立体感や空間、質感を表すことを言います。ある意味、画面上に現れた画材の特徴や作家の個性が全てマチエールとも言えるでしょう。
・油絵の具をぽってり厚塗りして刷毛あとが見える画面
・厚塗りした絵具をナイフでひっかいた表現
・絵の具をフラットで滑らかに塗った画面
・砂や漆喰など絵具以外の異物を混ぜて表面をザラザラにした表現
・木炭やコンテを擦りこんでふんわりぼかした表現
これらは全てマチエールで、眼で見た絵肌の事を言います。触ってみた感触ではありません。
こちらは中西氏の展覧会のメインイメージに使用されている『次の音 ♯2』という作品です。
「滑らかなマチエールが写真のよう」「刷毛跡を感じさせないマチエールが、そこに人物がいるような臨場感」を表しています。実際、作品のデータを受け取っても、それを拡大印刷しても、そして作品実物を拝見しても、滑らかにそれぞれの素材・材質感を描き分けてあり、本当に絵画なの?とさらに近寄って見てしまいます。
そして、素材・材質というのがもう一つの「テクスチャー」です。「texture」は「text」が元となる英語です。物質などが集まり、かたまり、織り込まれ、連なった集合体の構成する、手触り・食感・肌理(きめ)、の意味があります。絵画においては素材感や質感、デザインやデジタルの世界では画像そのものやパターンをさす場合もあります。絵画の場合、マチエールが「見た目」のイメージや印象であるのに対し、テクスチャーは「実際の材質感・触感」を言い表す時に使うことが多いと言えます。
先ほどの『次の音 ♯2』でも、「洋服それぞれの布のテクスチャー、ベンチの木材のテクスチャー、打ちっぱなしコンクリート壁のテクスチャー、各々が見事なまでに描き分けられている」と言えます。これは直接触るのでなく、触ったことのある実在の素材を表しています。
対して、下の『利樹』という犬を描いた作品は、漆喰を使ったキャンバスに絵画を転写したものです。「漆喰のテクスチャーを生かした、素朴でちょっと野性味を感じる表現」が描かれた犬によく合っています。実際に使用された素材の質感を生かしているという意味でのテクスチャーです。
また、次のパンをモノクロ版画で描いた『Bread』は、パンの耳のカリカリ感と内側のふわふわ感をモノクロで表現し、実際のパンのテクスチャーを想像させます。全粒粉のパンかな、などと想像を膨らませてしまいますね。
西洋画の写実表現においてはどれだけ実物に近づけるか、と同時に、対象物の存在感や空気感、手触りや音・臭い といったあらゆる感覚をどれだけ喚起することができるか、ということも表現の要素として重要と言えるでしょう。ついつい見入ってしまうのは、平面でそこに実際はない事物をとてもリアルに感じることができるから・・・。
その意味で、中西氏の作品は超リアルに中西氏が見た瞬間を私たちにも伝えてくれ、感じさせてくれているのです。ひいては、中西氏が対象からどういった要素と印象を引き出して画面に描き留めたか、描きたいと思ったか、がそこにあるということなのでしょう。
ぜひ実際に作品をご覧いただければと思います。
この展覧会は12/5(日)まで、水景園ギャラリー月の庭にてご覧いただけます。
こちらのページでもご案内しています。