景色や季節を表す言葉は本当に豊かで趣があり、まさしく言い得て妙、と思うことがよくあります。

一言に「美しい」「素晴らしい」と言っても、その奥に様々な情景があり、形容詞一つでは表せない情景を表現する言葉が存在しています。これは季節表現にも通じるもので、景色や空気感を共有・共感できる「ことば」の豊かさを改めて感じます。

 

 自然の美しい眺めやその風景を風光(ふうこう)と言い、“風光に恵まれている”“風光明媚な(風光:自然の眺め・景色。明媚:清らかで美しいさま)”というような表現があります。感動するような自然の景色に出会ったら、それは「風光」ということです。

 風光を「風光る(かぜひかる)」と読み替えると、春を表す季語になります。日差しが強くなる季節に、吹く風も輝くように感じる、光の中を風が吹きぬけてきらめいているかのように見える様を表現しています。あたたかな陽ざしを待ちわびていた心情と、やわらかい風に生きとし生けるものが動き出す、生命感への期待や喜びが織りなす情景のようにも感じます。このキラキラした日中の風景に対して、春の柔らかな夕暮れを表すものに「春茜(はるあかね)」「春宵」があります。春の穏やかな夕焼け、暮れかけの春空に少しだけ茜色がさす柔らかな夕焼け空を表すものや、陽は沈んで薄暗くなったけれどほんのり灯りが残る時間帯を表現しています。「春宵一刻値千金:春の宵は情緒があって、千金に値する」ということわざもあります。時間帯ごとの景色や光を情景描写するものですが、皆様にもきっと思い浮かべる風景があるのではないでしょうか。

 

 紫翠(しすい)は緑の木々が青々と美しい景色を表現しています。山の緑が美しい様を表す「紫幹翠葉(しかんすいよう)」(紫幹:紫色の幹を例えた表現、翠葉:木々の葉が瑞々しく緑である様子)という四文字熟語の略語でもあります。“生命に満ちた紫幹翠葉な夏の山”などのほか、もう少しイメージしやすいところでは「山滴る(やましたたる)」という表現もあります。こちらも、山全体が緑の木々に覆われて、翠がしたたるように見える様子です。もうひとつ、景色そのものではありませんが、“景色を楽しむ”ことを表したもので「滝浴み(たきあみ)」とう言葉があります。旅行パンフレットで見たことがあるかもしれません。これは滝を眺めたり、滝の水で涼んだりすることを意味し、江戸時代には夏の暑さをしのぐ過ごし方として親しまれていました。現代では、夏に滝で涼み滝の流れや水音を楽しむことを表しています。緑と水の流れの組み合わせは夏の景色に涼と活力を与えてくれます。

 

 紅葉する木々が多いところでは、夏が過ぎゆくにつれて景色は彩りを増していきますね。この様子を「錦秋(きんしゅう)」「綾錦(あやにしき)」などと表します。色づいてゆく紅葉が錦のように美しいということです。緑、赤、だいだい色、黄色の割合や、色づきの程度には色々好みがあり、「美しい」と思う紅葉具合は人それぞれ。ただ、秋の景色や紅葉が“織物文様のように美しい”と感じたら、それは「錦秋」、「綾錦」なのでしょう。

 また、“雪月花”にあるように、月は秋を象徴する存在としてしばしば使われています。月あかりは「月華(げっか)」ともいわれ、月と花をも表現する美しいものを称した言葉です。秋の宵、月は自然と美を代表する存在として古より親しまれてきました。そして非常に美しい自然風景を表現して「風月無辺(ふうげつむへん)」(風月:自然そのもの。無辺:どこまでも広がる様)ともいい、こちらは夜に限った情景にとどまらず使われます。

 

 秋の終わり、景色や空気に冬の気配を感じ始める頃を「冬隣り(冬隣り)」と言います。ひたひたと近づいてくる冬の足音を“すぐそこまで”感じるということです。冬は静かで、暮れていく鎮静のイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。

こんな俳句を見つけました。

【 残照に 頂染めて 山眠る 】・・・・柳下孤村

「山眠る」は冬の季語で、ここに描かれている“山”は険しい高山や雪山ではなく、低い、人里近い雑木山のイメージだとか。落葉しつくした木々に覆われ、冬日のなかにふっくらとうずくまったような山の姿を、“眠”ると擬人化しているそうです。確かに、植物も動物も休眠の季節ですね。

 冬の里山に夕日が沈み、夜明けには夜仲の寒さが残って冴え光る朝日の美しさや、夜長に冷え切った空気で朝には澄んだ空となる情景を「冬暁(ふゆあかつき)」と表現します。霜が降りてキュンと締まった空気に朝日が差し込むイメージですね。もう少し季節が進むと、夜が明けると霧で真っ白・・・という情景にもこの季節には出会います。この様子を「冬霞み(ふゆがすみ)」と言います。霞は「春霞」のほうがよく知られていますが、冬には 霧で遠景が霞んで見える状況を表現するのに広く使われます。春の霞は霧ではありませんので、「冬霞み」は気象現象を指す言葉というよりは、文学的な表現です。「冬霞み」が見られるようになると少し季節が進んで空気が温まっていく兆候でもあります。

 

いかがでしたでしょうか。

これはほんの一例で、皆様にもそれぞれに景色や季節の表現があり、季節ごとに思い浮かべる情景や「この季節にはここの風景を見たい」というお気に入りの場所があるでしょう。
景色を簡単に写真や映像で残せてしまう現代、あえて「この美しさを何と表現したら伝わるかな」「この感動をどう書き残せばいいかな」と考えてみるのも、今の時代だからこそかえって楽しく、心に残るのでは、と思います。


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