臨時閉園で再開待ちとなった特別展『伊砂正幸作品展—自然の文』では、伊砂先生の日本画と型絵染をご紹介しています。今回は制作工程についてご質問の多い型絵染について、その歴史や染色方法などをご紹介したいと思います。

型絵染は、絵筆で色を重ねて積層感が生まれる絵画とは異なり、型紙を用いて図柄以外の余白部分を切り落とし、切り取った部分に糊で防染することで染まらないようにして図柄を染め、染色後に防染糊を洗い流すという染色技法です。

再開待ちの2021展示会場

 染色の方法は様々あり、ハンコや版画のように凸部に色を付けて染めつける方法や、版で染める摺り染めや絞り染めの「纐纈(こうけち)」、木型の間に布をきつく挟んで防染する「夾纈(きょうけち)」、防染の蝋を乗せてから染める「蝋纈(ろうけち)」は、それぞれ文様を染める染色の源流となる手法です。その歴史は奈良時代あたりまでさかのぼり、正倉院御物にもこれらの資料が残されています。

平安後期~鎌倉に入ると、型紙を使って糊で防染する型絵染が行われていたことが、源義経の籠手(こて:腕を守る防具)などからも分かっています。型絵染の多くは、装飾に色あいだけでなく形・文様を求め、上流階級の装飾として手間がかかっても絢爛豪華に、というのが目的だったようです。図案を起こすところから染色を終え糊が流されるまで、型絵染は数多くの行程を経て完成するものですが、長い染色史の中で各工程の職人たちが技術を磨き、型絵染文化を高めてきました。

防染に糊を使う、というのは遣唐使が廃止されて蝋が輸入されなくなったことがきっかけとされています。稲作文化の日本において、蝋に代わるものとして創り出されたのが、もち粉と米ぬかを蒸した「防染糊」です。当時は大切なお米を糊として使うというのは贅沢なことであり、絞り染め以上に高貴な身分のための装飾でもありました。この糊と型紙を使う染色技法は、数ある染色技術の中でも日本特有の精緻な表現と伝統が受け継がれ発展した、世界に誇る表現技法です。

 

型絵染は、室町~江戸期には武家の台頭で武士・大名の装束として重用され、能狂言などの衣装にも取り入れられます。そして江戸中期以降にようやく庶民の日常生活の着物としても活用され始めました。明治になって染料の多様化により、さらに表現は多彩となり、大正~昭和と華やかな着物文化の一翼を担いました。ただ、数多くの行程にそれぞれ職人技が必要である型染は、着物文化の衰退とともに技術者も需要も減少しており、衣装や着物としての産業用途は縮小しつつあります。しかしその伝統技術は現代において、アート表現・芸術的技法のひとつとして、様々な形で継承されています。

 

 今回展示の作品の一部(部分)を例に型染の制作工程の例を簡単にご紹介します。

 

 1.下図
スケッチ、エスキース*の後、実物大の下図である草稿(そうこう/大下図)を墨で描く。白黒にすることで、切り取ってしまう形と残して染める形が明確になる。残す形がバラバラにならないよう、互いの形を繋げる橋の役目「ツリ」を意識してデザインに活かし、特有の形を構成してゆくのが型染技法の一つ。
(*エスキース:イメージ図案・素案)

 2.型彫り

前回の伊砂展で展示の型紙

柿渋で防水加工した和紙に下図をトレースし、
糊で防染したい部分を切落として型紙を完成させる。
切り落とすと元に戻せないためやり直しがきかない
ので注意が必要。

 

 

 3.糊置き
布地や和紙などの素材を板にとめ、その上に型紙を置く。切り抜いた部分に防染糊を型紙全体に均一に置いていく。糊が型紙どおりに生地に残るよう、ゆっくり型を生地からはずしていく。

 4.ツリ消し
元の図案に合わせるために、下図で加えた型紙の形を繋げるツリを消すよう、ツリの部分にも糊を塗っていく。

 5.地入れ
糊が適度に乾かないと染め作業ができないが、乾燥しすぎるとひび割れるため、染め上がるまで常に湿度管理が必要になる。染めムラをや滲みを防ぐため、また糊と素材との定着を良くするために、乾燥状態を見ながら豆汁(ごじる=大豆のしぼり汁)を塗布して乾燥するまで待つ地入れ(じいれ)という作業を行う。

 6.染色
染料を刷毛で染め重ねていく。水溶性で拡散しやすい染料を防染糊のきわで堰き止めることで、独特のシャープな線とやわらかな色合いの色面が生まれ、型染独自の表現が生まれる。


 7.蒸し
絹など素材によっては染料を定着させるため、蒸し機に入れ100℃以上の蒸気で蒸す。染料が繊維に浸透することにより、鮮やかな発色が得られる。

 8. 水元
役目を終えた防染糊は、水の中で柔らかくして流水で取り除く。糊が置かれていた形は染まらず、染色された絵柄が明確に浮かびあがり、初めて作品の全貌と対面できる。

かなり要約していますが、これがワンクール。複数の型紙を使用する場合はこの行程を繰り返します。その後、色差しなどの手を加え、作品に深みが増していきます。これらの行程は作品によって異なる為、型紙を使うとはいえ、同じものは作れません。

 

絵筆で描くより制約があり、たくさんの行程を必要とする型染ですが、色面と余白で構成された絶妙な空間美と、型による明快なエッジ、そして布や和紙などの素材に染着した、奥からゆっくりと染み出すような色あいは、他に類を見ない味わいがあります。

美術作品にはそれぞれに「適した表現」があり、作家は自身の表したいものをより的確に具現化できる技法を選んで極めていきます。作品が表現する世界観をその技法とともにじっくり味わってみてください。

(※ワークショップで体験いただくのは、防染糊を使わず型紙で直接染める
 ステンシルタイプの型絵染です)

 

【伊砂正幸作品展 自然の文】

2021年6月1日(火)~13日(日):再延期日程
ギャラリー月の庭にて ※展覧会のご紹介はこちらイベントページ
★現在、緊急事態宣言延長で延期が続いておりますが、解除され次第再開いたします。

 

<  伊砂正幸(いさ まさゆき) プロフィール>

金沢美術工芸大学美術学科(日本画)卒業。型絵染作家。染色教室講師。
伊砂文様を用いた商品デザイン等、多方面で活躍中。
同氏の叔父 伊砂利彦氏は、南禅寺草川町に工房を構え、生前は南禅寺地域の環境を守る会の会長を務めた。
南禅寺草川町の工房では現在も同氏が型染教室を開催し、型絵染の技術を伝承している。


< 過去の記事 公園よろず手帖 トップ 新しい記事 >